「眠れないとつらい」という訴えは、最もよくみられる症状と思われます。約5人に1人が睡眠に関する問題を抱えていると言われます。よく見られる精神生理学的要因による不眠は、精神的な不安や緊張原因となり、睡眠に対する過度のこだわりが存在することが特徴の一つです。まず、知って頂きたいことは「睡眠だけは、気力では眠れない」ということです。他のことなら気力で短時間ならできることもあるでしょう。しかし、睡眠に関しては、眠ろうと強く思えば思うほど焦りが出て逆効果になります。昔から☆や羊の数を数える方法が有名ですが、私は将棋の場面を連想したり、漫画のことを思い浮かべたりします。あまりストレスにならない非日常的なことを連想するのがよいと思います。
次に考えられるのはうつ病など精神疾患の症状としての不眠です。多くの精神疾患に不眠の症状が現われる可能性があります。不眠は診断の補助以外に、精神症状の重要な指標となります。原疾患の治療が柱となります。症状が強い間は、睡眠薬で十分な睡眠を確保するのがよいと考えます。良質の睡眠の確保は苦痛を軽減させる以外に、治療にも大きな力となるからです。患者さんがお持ちの自然治癒力が睡眠によって大きく高まると思われます。
睡眠に関して知っておいた方がよいことがあります。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類に分かれます。約90分周期で繰り返します。ノンレム睡眠は4段階に分かれますが、ステージが増すほど深い睡眠と言えます。自律神経系では副交感神経系が優位となる時間が多くなります。
しかし、実際は個人差が多いことも事実です。また、睡眠にも加齢現象があります。20代と30代の睡眠グラフは通常明らかに違います。年齢が増すほど深い睡眠は少なくなっていきます。「睡眠時間はどのくらいがよいでしょうか?」という質問もよくあります。統計的には長生きする時間は7時間程度が最も多いとされています(Kripke DFらによる調査報告より。Arch.Gen Psychiatry59(2):131-136.2002)が、どのくらいがよいかは個人差があります。
例えば6時間以下で支障がない方を短時間睡眠者と呼びますが、睡眠ステージはノンレムステージ3,4の割合が多く、深い睡眠を短時間で得られます。日中の支障や休日の過度な睡眠時間があればもう少し睡眠時間を長くした方がよいでしょう。また、睡眠障害は昼間の覚醒障害を伴うことが多く睡眠―覚醒症候群として分類されます。人の体内時計による生体リズムの周期は25時間と言われ、地球の自転24時間より長めです。多くの方は、この差を学校生活、就労、家事などの社会生活で自然と調整していると言えます。実際には個人差が多く時に24時間以下の人もいます。こうした体質の方は朝方に強い人に多いと推測されます。
鑑別として身体疾患、薬、カフェインやアルコールなども考えられます。睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群、周期性四肢運動障害、睡眠時ミオクローヌス症候群などでも不眠はみられ注意が必要です。また、高血圧や糖尿病などの生活習慣病との関連も指摘されております。
生活習慣の改善などの非薬物療法以外の薬物療法については原因疾患により異なります。睡眠薬としては、これまで中心となってきたベンゾジアゼピン系の他に、近年、体内時計に関与するメラトニンの受容体に働きかける薬や{オレキシン}と言われる覚醒を維持する脳内物質の働きを弱めることで睡眠に導く薬などが承認され、薬物療法の選択肢は広がっています。